コラム
生成AIで仕事はなくなるのか?技術と労働の歴史から考える、人に残る仕事
- 生成AI
- AI顧問
- AI研修

「生成AIで仕事はなくなるのか」は、経営の立場にある方からよく受ける質問です。
この記事では、技術が人の労働にどのような影響を与えてきたか、歴史から整理したうえで、AI時代の仕事についての仮説を言語化します。
そもそも技術とは?
技術とは、人が担ってきた作業を人の外側へ出したものだと考えています。本記事では、この置き換えを「外部化」と呼びます。
かつては足の速い人、馬を乗りこなす人は、労働市場での価値がありました。その後、知的労働が市場化されると、計算が速い人や記憶力のある人が重宝されました。
現代では、移動すること、計算すること、覚えておくことは、車やパソコン、スマートフォンへ「外部化」されています。
上記の例のように、外部化された特定領域において、技術は必ず人を上回ります。
人間の労働コストには限界があるからです。作業を仕組みや構造で人の手から切り離してしまえば、あとは技術の側だけが速く、安くなり続けます。
車と競走して悔しがる人がいないのは、移動という作業が、すでに技術によって外部化されたからだ、という解釈をしています。
一方で、技術が人を全面的に上回るわけではありません。
パソコンやスマートフォンが普及した現代においても、幸か不幸か、人はそれぞれ何らかの仕事をしています。

歴史に見る、技術と雇用の関係
「技術は人間を代替するのか?」という問いは、産業革命以降ずっと繰り返されてきました。
- ラッダイト運動(1811年から1816年、英国)
- ヨークシャーでは毛織物の仕上げを担う熟練工が、剪毛の機械を壊しました。
- 政府は機械の破壊を死刑にあたる罪とし、1813年のヨークの裁判を経て運動は終わります。賃金は実際に下がり、熟練工にとっては痛みを伴うものでした。
- ケインズ「孫たちの経済的可能性」(1930年)
- 世界恐慌のさなかに書かれた小論で、技術的失業という言葉がここで示されました。ケインズはこれを、人が労働の新しい使い道を見つけるまでの一時的な不適合だと位置づけ、100年後には生活水準が数倍になると予測しています。
- 生活水準についての予測は当たりましたが、週15時間だけ働けばよくなるという予測は外れました。
- 人間計算手から電子計算機へ(1930年代から1960年代)
- 天文台や軍の弾道計算では、計算手と呼ばれる人たちが手回し計算機と数表を使って数値を出していました。
- 電子計算機が普及すると、この職種は消えました。計算手だった人は、後に最初期のプログラマとなります。
- 銀行窓口とATM(1980年代から2010年代、米国)
- 現金の出納がATMに移り、経済学者の集計では1店舗あたりの窓口係がおよそ20人から13人へ減りました。
- 一方で支店を開くコストが下がったため支店の数が4割ほど増え、窓口係の総数は減るどころか増えています。
- 窓口の仕事は、現金を数えることから、来店した顧客の相談を受けて商品を案内することへ移りました。
- レオンチェフ「馬の運命」(1983年)
- かつて農場と輸送を支えた馬は、エンジンに置き換えられて不要になりました。
- 経済学者のレオンチェフは、人も同じ道をたどるのではないかと論じています。
- 「雇用の未来」(2013年、オックスフォード大学の推計)
- 米国の702の職業を分類し、半分近くが今後10年から20年で自動化の高い危険にさらされるとした論文です。
- その後の研究は、同じ問いを作業単位で測り直しました。
- 丸ごと自動化できる職業はごく一部だと示しています。
実際に起きたこと(作業単位の置き換え)
歴史を振り返ると、過去何度も「技術に仕事が奪われてしまう」という形で恐怖が語られてきたとわかります。
しかし、実際に起きたのは以下の構造に整理できます。
- 1. 一部の作業だけが技術に外部化される。職業は複数の作業の集まりで、外部化されるのはそのうちの一部です。ただし技術は、外に出た領域では人間を圧倒し、パフォーマンスを改善し続けます。
- 2. 残った作業の価値が上がる。自動化できない作業が全体のボトルネックになり、そこを担える人の価値が上がるためです。銀行の窓口係は、現金を数える作業を手放したあと、来店した顧客の相談に応じる仕事へ移りました。単価が上がったのは、機械に渡せなかった側の作業です。
- 3. 安くなった分だけ需要が増える。1件あたりのコストが下がると、これまで割に合わなかった用途にまで利用が広がります。同じATMの例では、支店を開くコストが下がって支店数が4割ほど増え、窓口係の総数はむしろ増えました。1店舗あたりの人数が減っても、総量が増えれば人手の要る場面は残ります。
- 4. 新しい職種が生まれる。外部化した技術を運用する側、設計する側に、新しい仕事が生まれます。電子計算機は人間計算手という職種を消しましたが、計算手だった人たちは最初期のプログラマになりました。消えた職種の隣に、技術を動かす職種が立ち上がります。

生成AI時代に求められるスキルとは?
生成AIでも同じ歴史をたどるのでは?と思っています。
速くなったのは、一部の知的労働です。何を作るかが決まってから、それが相手に届くまでの作業を、ここでは「中間作業」と呼びます。
コードを書く、文章の下書きを起こす、画像のバリエーションを出す、設定を細かく合わせる。こうした作業が中間作業にあたります。生成AIが外に出したのはこの部分です。人に残る仕事は、中間の両側へ寄っていくのだろうと思っています。
1. 上流:何を作るべきかを決める
上流は、誰の、どの困りごとに、どの順番で手を付けるかを決める仕事です。
この判断はAIに聞いても筋の悪い回答しか返ってきません。AIは全ての文脈を保持していないからです。
決めるためには、一次情報で現場を見ていること、関係者と合意を作れること、自社の得意な領域と過去の経験を踏まえていることが要ります。
その上で、AIの出力はどうしても平均に寄ります。競合優位性を出すためにも、上流は自分の頭で考える必要があります。
2. 下流:出てきたものに責任を持つ
生成されたコードが本番で動くのか、文章が相手に失礼でないか、数字が間違っていないかを見て、これでよいと言う人が要ります。
出力が間違っていたときに、相手へ謝るのも、直しに戻るのも人です。責任を負うという軸は、中間の作業が速くなっても人の手に残っていると思います。
3. 試行錯誤:安くなった分だけ試す
見落とされがちなのが、試行錯誤です。中間の作業が安くなると、これまで予算の合わなかった小さな仕事を試せるようになります。
一度しか作れなかったものを三度作って比べる、専任の担当者を置けなかった社内向けの仕組みを形にする。
こうした進め方が現実的になり、人の仕事は上流と下流、そして作られたものを使う側(需要側)へ集まっていきます。
「楽観的すぎないか」という指摘への反論
馬がエンジンに置き換えられたように、人も要らなくなるのではないか、という見方もあります。
ここは少し違うと考えています。人は作られたものを買う側にも回ります。中間の作業が安くなって供給が増えるほど、何を選ぶのかを決める人が要ります。
また弊社には、人が不要になるという話とは逆の依頼が増えています。
人が足りない、採用を手伝ってほしい、この状況をどう進めればよいのか。中間が速くなったぶん、決める人と引き受ける人が足りていない、という課題についての相談を多くいただいています。
これはAIの活用を考えている会社から弊社に届く相談なので、そのまま一般化はできません。
それでも、外部化されていない仕事は残っています。人の手が要る場面は、むしろ増えるのではないかと考えています。
まとめ
- 技術は、外に出した一点では人を上回る。
そこで競わないのは、車と競走しないのと同じです。速さそのものを人の価値の中心に置かないところから始まります。 - 「仕事がなくなる」と恐れるのではなく、作業単位で分解して考える。
消えるのは職業ではなく、その中の一部の作業です。自社の仕事を作業に分けると、どこが置き換わるのかが具体的に見えます。 - 外部化されるのは中間作業である。
詳細な実装と調整がここにあたります。中間の速さを前提に、上流と下流の人員配置を組み直します。 - 空いた時間を、決めること・責任を持つこと・新しいことに費やすべきである。
これまで中間の作業に取られて手が回らなかった3つに、時間を戻せるようになったと言い換えられます。人の仕事は、中間の両側と需要側へ寄っていきます。
弊社では、生成AIを現場でどう活用するかを、伴走しながら一緒に見つけていきます。進め方に迷われている際は、お気軽にご相談ください。

ライター
小林昌太郎 / フィード株式会社 代表取締役CEO
新卒で富士通Japanに入社し、自治体向けのシステム導入と自社プロダクト開発を担当。コインチェックで金融基盤・金融犯罪対策システムの開発、ストックマークで自然言語処理プロダクトのリードエンジニア、グラファーで生成AIプラットフォーム等の新規事業開発に従事したのち、フィード株式会社を創業。


